自治体の広聴窓口や企業のカスタマーサポートには、日々さまざまな意見や要望が寄せられます。選択式のアンケートとは異なり、自由記述欄には生活者や利用者の具体的な困りごとや切実な思いが綴られています。しかし、記述量が数百件、数千件と膨らむにつれて、それらを担当者が一件ずつ読み込み、論点ごとに分類して関係部署へ共有する作業は大きな事務負担となります。
こうした課題に対し、生成AIや自然言語処理を活用して大量の意見を迅速に整理しようとする試みが始まっています。行政における先進的な検証として参考になるのが、広島県が設置した広島AIラボによるブロードリスニングツールの実証実験です。公表された資料からは、AIによる要約や分類がもたらす高い効率性とともに、実務で運用する際に決して見落としてはならない注意点が浮き彫りになっています。
広島県が検証した「広聴AI」による自由記述の整理

広島県が公開した2025年度広島AIラボ年次報告書によると、同ラボでは「デジタル化で描く未来の広島は?」と題して集まった県民からの自由記述意見2,953件を対象に、AIツールを用いた構造化の検証を行いました。対象となったデータは、短い単語のみのものから最大3,000文字に及ぶ長文まで、文量や具体性に大きな幅があるものでした。
検証では、大規模言語モデル(Azure OpenAIサービスのGPT-4o)と埋め込みモデル(text-embedding-3-large)を組み合わせたツールを用い、自由記述から論点を抽出し、意味の近さに基づいたグループ化とラベリングを実施しています。その結果、2,953件のデータから約15分で3,179件の意見が抽出されました。元の件数よりも抽出された意見数が多いのは、1つの長文の中に「子育て」や「道路整備」といった複数の異なる論点が含まれている場合、AIがそれらを個別の意見として分割して抽出したためです。
ここで留意すべきなのは、この約15分という時間はツールによるデータ処理の所要時間であり、事前のデータ準備やプロンプトの調整、抽出された結果の確認や報告書の取りまとめといった全業務が15分で完了したわけではないという点です。一方で、検証に参加した職員へのヒアリングでは、従来は手作業で数日かけて分類し報告資料を作成していた業務に関し、短時間で全体の傾向を把握できたことで業務負担の軽減を実感したという声が挙げられています。
プロンプト調整による具体化と、文脈補完に伴う留意点

報告書では、標準的な指示では上位の分類ラベルに「デジタル」といった技術用語が多用されて抽象的になりがちだったのに対し、職員が作成したプロンプトで生活分野を示す語の優先や冗長な表現の抑制を指定することで、施策領域が直感的に伝わる簡潔なラベルへと改善された結果が示されています(なお、報告書内のラベル比較例は同一クラスタ同士ではなく、類似する内容を扱うクラスタを並べたものです)。一方で、同報告書はAIを活用する際の留意点にも率直に言及しており、処理の過程で意見の原型が変容してしまうリスクを指摘しています。
報告書内の比較例では、県民からの「大型ゴミの申し込み」という極めて短い入力に対し、職員が作成したプロンプトを適用したところ、「大型ゴミの申し込みをデジタル化し、簡単に手続きができる仕組みを整えてほしい。」という文章として抽出された事例が紹介されています。アンケートの募集テーマが「デジタル化で描く未来」であったため、文脈を補った形ではありますが、回答者本人が述べていない願望や手続きのデジタル化という具体策が、AIによって後から付け加えられたことになります。
また、意見をクラスタリング(グループ化)して上位のラベルを付与する工程でも、本来は性質の異なる「地域安全」と「観光」が1つのグループに統合されたり、同一の課題が複数のグループに重複して現れたりする事象が確認されています。言葉の意味を要約して整理を進めるほど、全体像は把握しやすくなる反面、回答者が発したそのままの温度感や本来の意図から離れてしまうリスクを孕んでいます。
説明用の具体例から考える、要約の危うさと少数意見の扱い
この「AIによる文脈の補完」が業務にどのような影響を与えるか、仮の場面を考えてみます。これは県の事例ではなく、広聴や顧客アンケートの設計を検討するための説明用モデルです。
例えば、過疎地域に住む住民から「夕方のバスが少なくて困る」という一行の意見が届いたとします。これを受け取ったAIが、前後のアンケート趣旨や一般的な文脈を汲み取ろうとするあまり、「夕方の通院や買い物のために、デマンド型交通やコミュニティバスの増便を希望する」といった形に要約・補完してしまった場合、どのような問題が起きるでしょうか。
回答者は単に現状の不便さを訴えただけであり、利用目的が通院なのか通勤なのかは言及していません。また、希望している解決策がデマンド交通なのか、既存路線の時刻変更なのかも分かりません。担当部署がこの要約だけを見て施策を検討してしまうと、住民の実際の生活実態とはずれた前提で議論が進んでしまう恐れがあります。
さらに、意味の近さに基づいてグループ化された意見に対し、件数の多い順だけで確認や優先順位付けを行う運用をとってしまうと、1件しか寄せられていない重大な安全上の指摘や、言葉足らずではあるものの切実な苦情が、件数の多い一般的な要望の陰に隠れて見落とされる懸念があります。AIによる分類で全体の傾向を掴みやすくした上で、個別の意見の重要度や背景にある事情を適切に見極め、対応を判断する役割は人間が担うという業務設計が重要です。
原文照合を担保する、実務的な広聴・アンケート処理の設計
こうした技術の特性とリスクを踏まえると、民間企業や自治体が自由記述の分析にAIを組み込む際には、「AIに判断を任せない」「必ず原文へ立ち戻れる」業務フローをあらかじめ設計しておくことが不可欠です。デノフでは、以下のような段階的な処理と確認の設計を提案しています。
第一に、受付段階での一意なID付与とデータの不変性の確保です。フォームやメール、紙のアンケートなど、どのような窓口から入ってきた意見であっても、原文テキストに対して変更不可能な識別IDを割り当てます。後続の処理でどれだけ分割や要約が行われても、常にこのIDをキーとして元の文章と入力日時、受付経路を1クリックで照会できる構造を作ります。
第二に、AIによる論点分割と要約結果の並列提示です。AIの役割は、文章内に複数の話題が含まれている場合にそれを切り分けることと、初期の参考分類や短い要約文を生成することに留めます。このとき、画面や帳票の上では、AIが生成した要約だけでなく、元の該当文を必ず対比して並べる設計にします。
第三に、人間による確認と修正履歴の確定です。担当職員や業務責任者は、AIが提示した分類や要約が原文の趣旨を歪めていないかを確認します。もしAIが勝手に意図を補完していたり、不適切なカテゴリに分類していたりした場合は、担当者が手動で修正を行います。この修正履歴もシステム内に記録し、AIの出力と人間の判断のどちらであるかを明確に区別します。
第四に、主管部署への根拠付き引き渡しです。検討を行う担当課や商品開発チームへ意見を引き渡す際には、集計されたグラフや要約テキストだけでなく、その根拠となった個々の受付原文への参照リンクを必ず添えます。施策の採否や改善案の決定は、AIの分類結果ではなく、原文に込められた利用者の意図を担当者が確認した上で行われる必要があります。
既存ツールの活用と個別連携開発の境界線
こうした仕組みを導入するにあたって、最初から大掛かりな専用システムをゼロから構築する必要はありません。まずは取り扱うデータ量や既存の運用環境に応じて、無理のない範囲から検証を始めるのが現実的です。
月に数十件から数百件程度のアンケートであれば、一般的なスプレッドシートや既存のAI要約サービス、あるいはCSV形式でのデータ入出力機能を備えたツールを活用するだけでも、十分な効果を得られる場合があります。もし利用する既存ツールの機能で必要なデータの入出力や照合が手動で完結できるのであれば、受け付けたテキストを書き出し、汎用ツールで論点抽出を試した上で元のシートと目視で突合するなど、設定やプロンプトの工夫から手作業ベースで検証を始めることが可能です。一方で、APIを介した自動連携を伴う場合は、事前にツールの仕様や接続条件を確認した上で検討を進める必要があります。
一方で、日常的に大量の問い合わせや意見が寄せられる窓口業務や、基幹の顧客管理システム(CRM)、自治体の総合受付台帳などに直接データが蓄積されている環境では、手作業でのCSVエクスポートやインポートが新たな業務負荷となり、個人情報の取り扱いリスクも高まります。このような場合には、受付システムからAPIを介してセキュアな言語モデル環境へ安全にテキストを連携し、原文IDを保持したまま分類結果を既存台帳の該当レコードへ自動で書き戻すような、個別のシステム連携や専用の確認管理画面の開発が視野に入ってきます。
どちらのアプローチをとる場合でも、最初に取り組むべきは、個人情報を除外した匿名のサンプルデータを用い、手作業で行っていた分類作業と比べてどの程度確認時間が短縮されたか、AIによる補完や分類の誤りを人間が修正した割合はどのくらいか、そして関係部署への引き渡し時に情報の欠落が起きなかったかを、現場の担当者とともに小さく検証してみることです。
業務の整理とシステム連携のご相談
自由記述のテキストデータを業務に活かす取り組みは、単に高精度な言語モデルを導入すれば解決するというものではありません。入力されるデータの形式、現場の担当者がどの画面で何を確認するのかという運用手順、そして既存の業務システムとの安全な接続方法など、前後のプロセスをトータルで組み立てることが成功の鍵を握ります。
デノフでは、Webサイトや社内業務システムの設計・開発とともに、中小企業向けのAI活用支援を行っています。業務の棚卸しからAIを適用する適切な範囲の選定、ツール選定、そして既存システムと連携させた業務自動化の仕組みづくりまで、現場の実務に即した一貫した技術支援を提供しています。
「顧客から集まるアンケートの集計に追われており、整理の工数を削減したい」「住民の声を政策や施策に反映させるため、原文を大切にしながら効率よく分類できる仕組みを検討したい」といった課題をお持ちの際は、要件が固まり切っていない検討初期の段階からお気軽にご相談ください。現在の業務フローと利用中のシステム環境を伺いながら、実効性のある検証範囲と連携設計を具体化するお手伝いをいたします。



